公務員と告発義務

公務員という立場では、法令に関する業務を取り扱うことが多いため、犯罪とかかわる機会も多くあります。特に、犯罪について捜査する警察官や薬物を取り締まる麻薬取締官は違法薬物などを発見する機会が多いでしょう。一方で、こうした取締官以外の立場で違法薬物使用・所持などの犯罪に遭遇した場合はどうなるでしょうか。公務員という立場である以上、犯罪があると思われたら告発するべきでしょうか、それとも公務員は守秘義務を負っているため告発するべきではないのでしょうか。

違法薬物を発見した場合の告発義務

公務員の告発義務

公務員は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければなりません(刑事訴訟法239条2項)。国や地方公共団体が運営する国公立の病院の医師や、「精神保健及び精神障害福祉に関する法律」第6条第1項により都道府県に設置を義務付けられている精神保健福祉センターの職員は公務員ですので、職務を行う上で犯罪があると思料すれば告発する義務があります。

一方で、国家公務員、地方公務員とも、「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする」と守秘義務が定められています(国家公務員法100条1項、地方公務員法34条1項)。これらの規定に違反して秘密を洩らしたときは、いずれも1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処されます(国家公務員法109条12号、地方公務員法60条2号)。

また、医師や薬剤師等については、公務員であるか否かにかかわらず、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を洩らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処されます(刑法134条1項)。

このように告発義務と守秘義務が併存することがあり、いずれも違反すれば刑罰を科されるため、どのようにするべきかが問題となります。

判例

こうした問題点について、最高裁平成17年7月19日決定で、判断が示されました。事案は、被告人が重傷を負って国立病院の医療センターに送られ、医師は麻酔をかけて縫合手術をし、その際に採尿した尿を簡易検査したところ覚醒剤の成分が検出され、被告人の尿から覚醒剤反応があったことを警察官に通報したものでした。この事件では、被告人側は、医師が被告人から尿を採取して薬物検査をした行為は被告人の承諾なく強行された医療行為であり医療上の必要性もないと主張したうえで、医師が被告人の尿から覚醒剤反応が出たことを警察官に通報した行為は、医師の守秘義務に違反していると主張しました。

最高裁判所は「上記の事実関係の下では、同医師は、救急患者に対する治療の目的で、被告人から尿を採取し、採取した尿について薬物検査を行ったものであって、医療上の必要があったと認められるから、たとえ同医師がこれにつき被告人から承諾を得ていたと認められないとしても、同医師のした上記行為は、医療行為として違法であるとはいえない。」と判示しました。そして、「医師が、必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に、これを捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものであって、医師の守秘義務に違反しないというべきである。」と判示し、医師が被告人の尿から覚醒剤反応が出たことを警察官に通報した行為は、医師の守秘義務に違反するものではないと判断しました。

告発義務があるか

まず、このような場合に告発義務があるのかどうかが問題となります。

刑事訴訟法では、「公務員又は公務員であつた者が保管し、又は所持する物について、本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは、当該監督官庁の承諾がなければ、押収をすることはできない。」と押収拒絶権を定めており(刑事訴訟法103条)、また、「公務員又は公務員であつた者が知り得た事実について、本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは、当該監督官庁の承諾がなければ証人としてこれを尋問することはできない。」(刑事訴訟法144条)と証言拒絶県が定められています。このように、公務員は職務上の秘密に関するものについては、押収や証言すら拒めるのですから、一般的には、公務員は職務上の秘密に関するものについては告発についても義務を負わないと考えられています。

上記の最高裁決定も、公務員の告発義務については特に問題としていません。

したがって、犯罪があると思料される情報であっても、公務員の職務上の秘密については告発義務がないと考えられます。

告発してはならないのか

上記のとおり公務員に告発義務がないとなると、次には、守秘義務を徹底する、つまり告発してはならないのかどうかが問題となります。

上記の掲載の判例のように、最高裁判所は医師が患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に捜査機関に通報することは、正当行為として許容されるものだと判示しています。つまり秘密漏えいや守秘義務違反には当たらないとしています。

一般的には、「正当な行為」か否かは、行為の目的・手段・方法や、被侵害利益の有無、内容やその程度などを具体的に考慮して判断されています。判例の事案ですと、行為の目的は、犯罪事実を通報することで、捜査などの刑事司法手続きを開始することにあると考えられます。方法も、医療行為の過程で適法に採取した尿を検査した結果覚醒剤成分が検出されているため、問題がないといえます。尿に覚醒剤が含まれていたという情報は患者の重大なプライバシーにかかわる内容ですが、覚醒剤使用という重大な犯罪(10年以下の懲役)の捜査を始めることを考えると、通報することは正当な行為であったということでしょう。

なお、これはあくまでこの判例の事案における判断ですので、どのような場合でも「正当な行為」となるわけではないことに注意が必要です。前提となる行為が違法であったり、軽い刑の犯罪についての通報の場合は、判断が異なる可能性があります。

行政目的の通報義務

以上は捜査の開始という司法手続きと守秘義務が問題となりましたが、捜査を目的とせずあくまで行政目的により通報義務を課す場合もあります。

麻薬中毒者に対する措置

麻薬取締官、麻薬取締員、警察官及び海上保安官は、麻薬中毒者又はその疑いのある者を発見したときは、すみやかに、その者の氏名、住所、年齢及び性別並びにその者を麻薬中毒者又はその疑いのある者と認めた理由をその者の居住地の都道府県知事に通報しなければなりません(麻薬取締法第58条の3)。医師も、公務員か否かにかかわらず、診察の結果受診者が麻薬中毒者であると診断したときは、すみやかに、その者の氏名、住所、年齢、性別その他厚生労働省令で定める事項をその者の居住地の都道府県知事に届け出なければならないとされています(麻薬取締法第58条の2)。

また、検察官は、麻薬中毒者若しくはその疑いのある被疑者について不起訴処分をしたとき、又は麻薬中毒者若しくはその疑いのある被告人について裁判(懲役若しくは禁錮の刑を言い渡し、その刑の全部の執行猶予の言渡しをせず、又は拘留の刑を言い渡す裁判を除きます。)が確定したときは、速やかに、その者の氏名、住所、年齢及び性別並びにその者を麻薬中毒者又はその疑いのある者と認めた理由をその者の居住地の都道府県知事に通報しなければなりません(麻薬取締法第58条の4)。矯正施設(刑事施設、少年院、少年鑑別所及び婦人補導院をいう。)の長は、麻薬中毒者又はその疑いのある収容者を釈放するときは、あらかじめ、その者の氏名、帰住地、年齢及び性別、釈放の年月日、引取人の氏名及び住所並びにその者を麻薬中毒者又はその疑いのある者と認めた理由をその者の帰住地(帰住地がないか、又は帰住地が明らかでない者については、当該矯正施設の所在地とする。)の都道府県知事に通報しなければなりません(麻薬取締法第58条の5)。

これらは取り締まり目的ではなく、麻薬中毒者の保護や治療、矯正を適切に行うことができるように定められています。

まとめ

このように、違法薬物所持・使用などの犯罪に遭遇した場合に告発するべきかどうかについては、手続の目的や状況によって、慎重に対応する必要があります。

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