公務員と職務と賄賂

東京オリンピックにおける汚職で、贈収賄が大変な問題になりました。オリンピック委員会の委員という立場で賄賂を受け取ったという疑いで、みなし公務員規定や、職務との関係が問題とされています。ここでは、賄賂罪における公務員や職務、賄賂について説明します。

「公務員」

刑法第197条第1項は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。」と定めています。

この「公務員」については、刑法第7条第1項に定められています。同条項では「この法律において『公務員』とは、国または地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。」と定められています。

「法令」には、法律や条例だけでなく、行政内部の通達や訓令も含まれます。

「公務に従事する」とは、職務権限の定めがある必要はなく、その公務に従事する資格が上記の「法令」に根拠を有し、これにより公務を行うことをいいます。

「公務」は必ずしも公権力の行使など強制力を行使するものに限られません。

「議員、委員、その他の職員」が刑法上の公務員に当たり、単に機械的、肉体的な業務に従事する者は含まれません。「議員」は国会議員や地方議会の議員、「委員」とは、国又は地方公共団体において任命、委嘱、選挙等により一定の事務を委任・嘱託される非常勤の者をいいます。「その他の職員」とは、議員、委員のほか、国又は地方公共団体の期間として公務に従事するすべての者をいいます。

刑法第7条にこのように定義されているほか、特別法では、その職務の性質を鑑みて、刑法やその他の罰則については公務員とみなす規定が設けられています。これを「みなし公務員規定」といいます。

オリンピックの組織委員会の役員や職員についても、次のように「みなし公務員規定」が定められています。

令和三年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法

(組織委員会の役員及び職員の地位)

第二十八条 組織委員会の役員及び職員は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。

この規定により、組織員会の理事も「法令により公務に従事する職員」すなわち公務員として扱われます。

刑法第7条やみなし公務員規定により「公務員」に当たる者が賄賂罪に該当する行為を行えば、この罪に問われます。

「職務」

賄賂罪について基本となる単純収賄罪及び受託収賄罪は、次のとおり定められています。

(収賄、受託収賄及び事前収賄)

第百九十七条 公務員が、その職務に関し、賄()を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する。

 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、五年以下の懲役に処する。

職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務を指します。賄賂と対価関係にあれば、具体的に担当する職務でなくとも、また、当該具体的な事情の下において適法に行うことができたかどうかにかかわらず、法令に定められた一般的職務権限内にあれば成立します。また、法令に明記された職務権限を行使するだけでなく、解釈上当然含まれ、または付随すると認められる行為も、職務に含まれます。

その他にも、「職務と密接な関係にある行為」も賄賂罪の「職務」に含まれます。

職務にあたるか―ロッキード事件

ロッキード事件では、当時の運輸大臣が民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨することが運輸大臣の職務権限に含まれるか、そして、内閣総理大臣が運輸大臣に対しこのような勧奨をするよう働きかけることが内閣総理大臣の職務権限に含まれるかが問題となりました。ロッキード事件に関する平成7年2月22日最高裁判所大法廷判決は次のように述べ、それぞれ職務権限内にあると判断しました。

まず、判決では、

「運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することができるとする明文の根拠規定は存在しない。」

と述べる一方で、

「一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。」

としています。

続いて、運輸省設置法などの法令の規定から、運輸省の任務の一つとして「航空」に関する国の行政事務を一体的に遂行することを挙げており、

○運輸大臣が航空運送事業に関する免許権限や航空運送事業者の事業計画変更の認可権限等を有すること

○民間航空会社が新機種の航空機を選定購入して路線に就航させようとするときは事業計画の変更が必要となり運輸大臣の認可を受けなければならないこと

○運輸大臣は事業計画変更申請に際し認可基準に適合するかどうかを審査して新機種の路線への就航の可否を決定しなければならないこと

などを指摘しています。

そして、「このような運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可権限を付与した航空法の趣旨にかんがみ、特定機種を就航させることが前記認定基準に照らし適当であると認められるなど、必要な行政目的があるときには、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することも許されるものと解される。したがって、特定機種の選定購入の勧奨は、一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものというべきである。」と述べ、運輸大臣が民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨する行政指導は、運輸大臣の職務権限に属するものということができるとしました。

そして、内閣総理大臣については、

憲法上、

○行政権を行使する内閣の首長である(六六条)

○国務大臣の任免権(六八条)

○内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(七二条)を有する

など、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にあるものであること

内閣法は、閣議は内閣総理大臣が主宰するものと定め、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしていること

を指摘しています。

その上で、「内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。」とし、内閣総理大臣の運輸大臣に対する選定購入の勧奨は、内閣総理大臣の指示として、その職務権限に属することは否定できないとしました。


そして、運輸大臣が民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨する行為は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨行為をするよう働き掛ける行為は、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示という職務権限に属する行為であり、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決を是認しました。

東京オリンピックの組織委員会理事の賄賂事件においても、「職務」に当たるかどうかの判断は、法令等を検討してどのような権限があったかを精査して判断されるでしょう。

「賄賂」

賄賂」は職務行為と対価関係にある利益をいいます。有形無形を問わず、人の需要、欲望を満たす一切の利益を含みます。したがって、現金に限られず、酒食の饗応や情交、公私の職務などにおける有利な地位の提供、投機的事業の参加の機会の提供、など様々な利益が賄賂になり得ます。個々の職務行為との間に対価関係のあることは必要ではありません。公務員の職務と対価関係にあることが必要ですので、職務と無関係のものは含まれません。そのため、公務員に金銭を送れば当然に賄賂となるわけではありません。また、社交儀礼の範囲内であれば賄賂には当たりません。

賄賂に当たるかどうかは、利益といえるものを受け取ったのかだけでなく、問題となる職務と無関係に受け取ることになった可能性がないかどうかが検討されるでしょう。そこでは、当該利益を受け取ることになったと被疑者が主張する理由や経緯が不自然ではないか、職務行為の対価関係を隠すものではなかったかなどが検討されます。

まとめ

このように、賄賂罪が成立するかどうかは、「公務員」、「職務」や「賄賂」について詳細に検討する必要があります。

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