【事例(フィクション)】
消防署に消防士として勤務するAさんは、電車内で被害者のお尻を触ったという迷惑防止条例違反(痴漢)の容疑で、警察に逮捕されました。
Aさんに前科前歴はありません。
【被疑者の方が消防士の場合のリスク】
消防署に勤務する消防士は、地方公務員となります。
消防士の方が刑事事件の被疑者となった場合、刑事手続き上の逮捕・勾留や刑事罰のリスクだけでなく、地方公務員法上の懲戒処分や、失職等のリスクにもさらされることとなってしまいます。
以下、弁護活動も含め、順に説明していきます。
【迷惑防止条例違反(痴漢)の刑事罰】
いわゆる痴漢行為は、それぞれの都道府県において定められている迷惑防止条例違反にあたることが多く、罰金刑又は懲役刑に処すると定められています。
迷惑防止条例違反の事案は、初犯であれば罰金刑となることが多いです。
なお、痴漢行為は、行為の状況や程度次第では、より重い不同意わいせつ罪(刑法176条1項、6月以上10年以下の懲役刑(拘禁刑))にあたることもあります。
【弁護活動】
①まずは弁護士が接見といって、留置場に身体拘束されているAさんとの面会をして、事実確認や取調等の状況確認をし、取調べ対応等のアドバイスをすることが、今後の刑事処分のため重要な弁護活動です。
②Aさんは逮捕されましたが、この後勾留が決定してしまうと、10日間、さらに延長されると最長で20日間の身体拘束となります。
これに対しては、弁護士において、罪証隠滅や逃亡の可能性がないことを主張・疎明し、勾留の阻止を目指す活動(勾留の決定後であれば準抗告という勾留決定の取消しを求める不服申立て)をすることが考えられます。
③Aさんが容疑のとおり痴漢行為をしたことで間違いないのであれば、弁護士による示談交渉が非常に重要です。
交渉の結果、被害者の方に示談を受けていただければ、不起訴(起訴猶予)となり前科を回避できる可能性があります。
④Aさんが痴漢行為をしたとしても、重い不同意わいせつ罪ではなく、迷惑防止条例違反を適用するよう主張することが考えられます。
⑤Aさんは容疑のとおりの痴漢行為をしていない、いわゆる冤罪の場合は、弁護士が取調べ対応をしっかりサポートするなどしながら、まずは不起訴(嫌疑不十分)を目指します。
⑥冤罪であるにもかかわらず起訴されてしまった場合、Aさんは、有罪判決となれば罰金刑又は懲役刑となってしまいます。
弁護士としては、無罪判決の獲得のため、開示された証拠を精査して検察官の立証の穴を突くとともに、無罪であることを示す証拠があるか検討していきます。
【刑事罰以外の処分等】
地方公務員の方は、起訴されると、休職をさせられることがあります(地方公務員法28条2項2号)。
そして起訴され、有罪判決で禁錮以上の刑となれば、執行猶予が付いたとしても、失職することになります(地方公務員法28条4項・16条1号)。
事例の場合、Aさんに前科前歴はなく、有罪判決であっても罰金刑の可能性が高く、この規定による失職の可能性は低そうです。なお、不同意わいせつ罪の場合、罰金刑がありませんので、なおのこと起訴されないようにする必要があります。
もっとも、地方公務員の方が犯罪にあたる行為をすると、刑事罰とは別に懲戒処分を受けることにもなります。
懲戒処分は、重い順に、免職、停職、減給、戒告と種類があります。
東京都が公表している懲戒処分の指針によると
「具体的な量定の決定に当たっては、
① 非違行為の態様、被害の大きさ及び司法の動向など社会的重大性の程度
② 非違行為を行った職員の職責、過失の大きさ及び職務への影響など信用失墜の度合い
③ 日常の勤務態度及び常習性など非違行為を行った職員固有の事情等のほか、適宜、非違行為後の対応等も含め総合的に考慮の上判断するものとする。
個別の事案の内容によっては、標準例に掲げる量定にかかわらず免職等の処分をすることもあり得る。」
としつつ、標準例では「公共の乗物等において痴漢行為をした職員は、免職又は停職とする。」とされています。
Aさんの場合、痴漢行為が事実であれば免職のリスクがあることとなりますが、例えば「非違行為後の対応」といった、弁護活動における示談交渉と絡む考慮要素もありますので、リスク軽減のため、弁護士に相談することをおすすめします。
参考:懲戒処分の指針
公務員の性犯罪や懲戒処分については、こちらもご覧ください。
【おわりに】
迷惑防止条例違反(痴漢)の疑いをかけられた消防士の方は、身体拘束、刑事罰、懲戒処分等のリスクにさらされますが、こういったリスクを回避・軽減するためには、弁護士による適切なアドバイスや活動が必要です。
実際に痴漢行為をしてしまった方も、冤罪の方も、できるだけ早めに弁護士に相談することをおすすめします。