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賄賂(わいろ)って何?ー公務員の賄賂罪について解説
刑法197条1項前段は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。」としています(単純収賄罪)。
このブログでは、刑法でいう賄賂とは、どういうものを指すのか解説します。
【賄賂の目的物】
賄賂とは、公務員の職務行為に対する対価としての不正な報酬をいいます。
賄賂の典型的な目的物としては、金銭が真っ先に思いつくでしょうし、ニュースでは職務行為の対価として物品を受取ったという収賄罪の事案もよく見かけます。
それでは、形が無いものについてはどうなのでしょうか。
判例によれば、「賄賂は、財物のみに限らず、又有形たると無形たるとを問はず、苟も人の需用若くは慾望を充たすに足るべき一切の利益を包含するものとす」とされています。
判例が賄賂になるとしてきた利益には、債務の肩代わり、芸者の花代などの饗応接待、ゴルフクラブの会員権、値上がり確実な未公開株式を一般人では買えないような公開価格で取得できる利益、思うように土地を売却できない状況で土地を時価相当額で買取ってもらった場合の換金の利益といった財産的利益のほか、就職のあっせんの約束、異性間の情交などがあります。
【社交儀礼の贈与は賄賂にあたるのか】
日本には、お中元、お歳暮などの季節の贈り物、手土産、餞別、お祝いといった様々な呼び方での贈答が文化としてあります。
このような社交儀礼としての贈与は、賄賂にあたるのでしょうか。
例えば、贈与が多少公務員の職務と関連していても、受取る側の公務員が、送った側の人との間で元々私的な交友関係があり、主にそのような関係に基づきされた贈与であれば、賄賂にはあたりません。
問題となるのは、職務行為との対価関係はあるけれど、贈り物の金額、価値といった程度が社交儀礼の範囲にとどまる場合です。
判例は、社交上の儀礼程度の中元・歳暮といった贈物であっても、職務に関して収受される以上、収賄罪が成立するとし、基本的には、職務行為との対価関係さえあれば、金額の多寡を問わず社交儀礼程度の贈与も賄賂にあたるとしてきました。
なお、公立中学校の教諭が新しく担任となった生徒の親から、5000円分の贈答用小切手を受取った事例で、最高裁は、その親が元々季節の贈答や学年初めの挨拶を慣行としていたことから、この小切手の贈与は父兄からの慣行的儀礼として行われたと考える余地があり、担任教諭としての教育指導という職務行為そのものに関する対価的給付と断ずることはできないとし、収賄罪の成立を否定していますが、この判例は、贈り物の金額が社交儀礼の範囲にとどまるからということだけでなく、父兄の慣行などの諸事情を考慮し、職務行為に対する対価であることを否定したものと思われます。
【政治献金と賄賂】
一般的に政治献金と言われる、政治家個人や、後援会・政党といった政治団体への寄付は、時に賄賂との境界が問題となります。
金品を受け取った側が、「政治献金として受取ったので、賄賂ではない」と主張することはよくあります。
政治献金が賄賂にあたるか否かの問題は、寄付の目的・趣旨、金額、人的関係等の諸事情を考慮した上で、結局は、政治家の職務との対価関係があるか否かがポイントとなります。
判例は、献金者の利益にかなう政治活動を一般的に期待して行われるだけなら賄賂にはあたらないとする一方、政治家の職務権限の行使に関して具体的な利益を期待する趣旨なら賄賂にあたるとしています。
なお、政治献金については、政治資金規正法により、寄附者が個人か企業などの団体か、寄附先が政治家個人か政党等の政治団体かに応じた規制や、届出の義務などの規制がされており、この点からも注意が必要です。
【収賄罪関係でご心配の際は】
他人から受取る金品そのほかの利益が賄賂にあたるかどうかは、時に判断が難しいことがあります。
賄賂を受取ってしまったのではないかとご心配の方、賄賂とは思わず受取ったものが賄賂にあたるとして収賄の容疑をかけられた方は、専門的見地からのアドバイスができる弁護士にご相談ください。
こちらの記事もご覧ください
日本の公務員に関する贈収賄罪についてー贈収賄罪の各種類型について解説
公務員犯罪の代表格として,贈収賄罪があります。
ニュースでも大きく報道されております。
今回は,日本の公務員に関する贈収賄罪について解説いたします。
収賄罪(刑法第197条第1項前段)
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、収賄罪が成立します。
5年以下の懲役となります。
受託収賄罪(刑法第197条第1項後段)
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときにおいて,請託を受けたときは,受託収賄罪が成立します。
請託とは,公務員がその職務に関する事項について依頼を受けてこれを承諾することをいいます。
7年以下の懲役となります。
事前収賄罪(刑法第197条第2項)
公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、事前収賄罪が成立します。
5年以下の懲役となります。
第三者供賄罪(刑法第197条の2)
公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、又はその供与の要求若しくは約束をしたときは,第三者供賄罪が成立します。
5年以下の懲役となります。
加重収賄罪(刑法第197条の3第1項・第2項)
公務員が収賄罪・受託収賄罪・事前収賄罪・第三者供賄罪を犯し、よって不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、加重収賄罪が成立します。
公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、若しくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、加重収賄罪が成立します。
1年以上の有期懲役となります。
事後収賄罪(刑法第197条の3第3項)
公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、事後収賄罪が成立します。
5年以下の懲役となります。
あっせん収賄罪(刑法第197条の4)
公務員が請託を受け、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、あっせん収賄罪が成立します。
5年以下の懲役となります。
没収及び追徴(刑法第197条の5)
犯人又は情を知った第三者が収受した賄賂は、没収されます。
その全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴されます。
贈賄罪(刑法第198条)
上記の各種収賄罪に関する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をしたら、贈賄罪となります。
3年以下の懲役又は250万円以下の罰金となります。
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加重収賄罪と弁護活動-加重収賄罪の意味、加重収賄罪が疑われたときの弁護活動、懲戒処分
東京オリンピックの汚職事件-組織委員会理事がみなし公務員として収賄罪で起訴された事件について解説
東京オリンピックの汚職事件-組織委員会理事が収賄罪で起訴された事件で問題となる賄賂について解説
東京オリンピックの汚職事件-組織委員会理事が収賄罪で起訴された事件で問題となる賄賂について解説
東京オリンピックのテスト大会の受注企業が談合したとして多くの関係者が逮捕・起訴された事件や、IOC委員への贈答品疑惑など、東京オリンピックをめぐる汚職事件はまだ終わりそうにありません。日本において最初に捜査が始まったのは組織委理事の関与する贈収賄で、組織委理事や大企業の幹部が逮捕され、起訴されました。また、元総理大臣をはじめ多くの人々が事情聴取を受けたとされています。その中では様々な人や組織から利益が提供されています。ここでは、何が賄賂に当たるかについて解説します。
「賄賂」とは
刑法第197条以下に規定される「賄賂」は、公務員の職務行為と対価関係にある利益を言います。この対価関係は、職務行為に対するものであれば足り、個々の職務行為と賄賂との間に対価関係のあることは必要とされていません(昭和33年9月30日最高裁第三小法廷判決)。職務に関するものであれば、交付時期や利益の多寡にかかわらず、賄賂となります。
賄賂の内容は金銭に限られず、人の欲望や需要を満たす一切の利益が含まれます。判例では、芸妓の演芸や、酒食の饗応、異性間の情交、公私の職務等の有利な地位の保証、株式の取得の利益、など、様々なものが賄賂と認定されています。このような利益を公務員に提供すれば公務員の職務の公正は害され、あるいは公務員の職務の公正に対する社会の信頼は損なわれてしまうため、処罰する必要があります。
職務行為との対価
名目が委託費用など別のものであっても、公務員の職務行為と対価関係にある利益であれば賄賂に該当します。
東京オリンピックの贈収賄事件についても、既に元理事に賄賂を供与したとして起訴されていた者についての判決(東京地裁令和5年7月12日判決)によれば、元理事が代表取締役を務める会社との間のコンサルティング契約に基づき毎月のコンサルティングフィーを支払う形で行われたことについて、賄賂に該当することを前提に、被告人が違法性の認識を有していたかについて検討しています。
一方で、賄賂は職務行為との対価である必要がありますので、職務とは無関係な利益の提供は賄賂には当たりません。参考人として聴取を受けた元総理大臣は贈賄で有罪判決を受けた企業幹部の属する会社から現金の提供を受けたという報道がありましたが、これは病気に対する見舞金の可能性もあると言われていました。
また、単なる社交儀礼上の贈答は「賄賂」にあたりません。
賄賂に当たるか
「賄賂」に該当することも犯罪を構成する事実ですので、検察官が証明する必要があります。証明の程度は、合理的な疑いを超えるものでなければなりません。職務と関係ないものである可能性や社交儀礼の趣旨で贈られた可能性があれば、有罪とすることはできません。
先ほど、職務に関するものであれば、交付時期や利益の多寡にかかわらず、賄賂となると書きましたが、そもそも職務に関するかどうかを判断するにあたって、交付時期や利益の多寡にも注目せざるを得ません。その他、当事者の従前の関係や他にそのような利益を提供される理由があったといえるかどうかなどが考慮されます。
東京オリンピック組織委員会元理事は、コンサル契約に基づいてコンサル料が支払われたもので賄賂ではないと主張しているそうですが、これまでの収支はどうであったか、コンサル依頼があったとしてもそれ自体職務に関係するものか、依頼があった後の活動実態はどうだったか、などを考慮して、賄賂かどうかが判断されるでしょう。
贈収賄事件についてはこちらの記事もご覧ください。
まとめ
このように、事件によっては自身が受け取ったものが「賄賂」となるのかが重大な問題となります。ご自身の行ったことが収賄にあたるかどうかお悩みの方は弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所へご相談ください。
東京オリンピックの汚職事件-組織委員会理事がみなし公務員として収賄罪で起訴された事件について解説
東京オリンピックのテスト大会の受注企業が談合したとして多くの関係者が逮捕・起訴された事件や、IOC委員への贈答品疑惑など、東京オリンピックをめぐる汚職事件はまだ終わりそうにありません。日本において最初に捜査が始まったのは組織委理事の関与する贈収賄で、組織委理事や大企業の幹部が逮捕され、起訴されました。オリンピック組織委員会自体は民間団体とされていますが、ここでは、組織委理事の行為が収賄に問われている理由について解説します。
「公務員」に当たるか
刑法第197条第1項は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。」と定めています。
この「公務員」については、刑法第7条第1項に定められています。同条項では「この法律において『公務員』とは、国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。」と定められています。
「法令」には、法律や条例だけでなく、行政内部の通達や訓令も含まれます。
「公務に従事する」とは、職務権限の定めがある必要はなく、その公務に従事する資格が上記の「法令」に根拠を有し、これにより公務を行うことをいいます。
「公務」は必ずしも公権力の行使など強制力を行使するものに限られません。
「議員、委員、その他の職員」が刑法上の公務員に当たり、単に機械的、肉体的な業務に従事する者は含まれません。「議員」は国会議員や地方議会の議員、「委員」とは、国又は地方公共団体において任命、委嘱、選挙等により一定の事務を委任・嘱託される非常勤の者をいいます。「その他の職員」とは、議員、委員のほか、国又は地方公共団体の期間として公務に従事するすべての者をいいます。
刑法第7条にこのように定義されているほか、特別法では、その職務の性質を鑑みて、刑法やその他の罰則については公務員とみなす規定が設けられています。これを「みなし公務員規定」といいます。
オリンピックの組織委員会の役員や職員についても、次のように「みなし公務員規定」が定められています。
令和三年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法
(組織委員会の役員及び職員の地位)
第二十八条 組織委員会の役員及び職員は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。
この規定により、組織員会の理事も「法令により公務に従事する職員」すなわち公務員として扱われます。
刑法第7条やみなし公務員規定により「公務員」に当たる者が賄賂罪に該当する行為を行えば、この罪に問われます。
なお、報道によれば、起訴された元理事はみなし公務員だとは知らなかった旨供述していたとのことです。しかしながら、法律を知らなかったとしても、そのことによって罪を犯す意思がなかったとすることはできないと定められています(刑法第38条第1項)。犯罪の成立には故意が必要ですが、故意とは犯罪事実(構成要件該当事実)を認識・認容していたことをいいます。
自身が「みなし公務員」であるという犯罪事実を認識・認容していたといえるためには、自分がどのような職業についているかを認識・認容していたかが重要となります。
公共サービス改革法の公共サービスに従事していた者が「みなし公務員」として収賄の罪に問われた事件(神戸地裁令和元年7月5日判決)では、国家公務員倫理教本を教材とした講習が行われるなどしてみなし公務員となる実質的根拠となる事実を認識していたと認められるから、収賄罪の主体としての立場に関する故意に欠けることはないとされました。
東京オリンピックの贈収賄事件についても、既に元理事に賄賂を供与したとして起訴されていた者についての判決(東京地裁令和5年7月12日判決)によれば、「組織委員会が公益財団と認定され、多くの公的な資金や人員(公務員)が投入されていたことは周知の事実であり、被告人において、同大会に係る特別措置法のみなし公務員規定を知っていたか否かにかかわらず、組織委員会の理事が公的立場にあり、その職務に関して金銭の支払をすれば違法の評価を受けることは当然に認識し得たといえる。」とされています。
贈収賄事件についてはこちらの記事もご覧ください。
まとめ
このように、事件によっては自身が「みなし公務員」となるのか、故意があったといえるのかが重大な問題となります。ご自身の行ったことが収賄にあたるかどうかお悩みの方は弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所へご相談ください。
加重収賄罪と弁護活動-加重収賄罪の意味、加重収賄罪が疑われたときの弁護活動、懲戒処分
【事例(フィクション)】
県職員として勤務する公務員のAさんは、所属部署の仕事を通じて親しくなった業者に、県の内部資料を横流しし、その謝礼として高級飲食店で接待を受けたという容疑で逮捕されました。
Aさんに前科前歴はありません。
【加重収賄罪とは】
公務員特有の犯罪として、加重収賄罪というものがあります。
公務員が、その職務上不正な行為をしたことに関し、賄賂を収受したときは、加重収賄罪として、1年以上の懲役に処されます(刑法197条の3第2項)。
事例の容疑でいうと、県の内部資料の横流しは県職員の職務上不正な行為ですし、その後謝礼として受けた高級飲食店での接待は賄賂にあたるので、Aさんがその後起訴されて有罪判決となれば、加重収賄罪の刑罰を受けることになります。
加重収賄罪以外の贈収賄事件や汚職事件についてはこちらをご覧ください。
汚職の罪
【弁護活動】
賄賂を受け取ったという犯罪には、賄賂を渡すという贈賄をした人も必ず存在し、両者間での口裏合わせその他の罪証隠滅行為を懸念し、裁判所が勾留決定をすることが多いです。
事案の性質上、被疑者の方の早期の身柄解放はなかなか難しいことが多いですが、起訴後の保釈請求等、弁護士としては身柄解放の努力をしていくこととなります。
また、逮捕勾留されやすく、身体拘束下で取調べがされることが多い犯罪であるからこそ、こまめに接見をして取調べ対応について適切なアドバイスをする弁護士の存在は必要不可欠です。
起訴された場合の公判活動については、被告人の方が加重収賄をしたことに間違いないのであれば、酌んでもらうべき情状を弁護士がしっかり主張し、執行猶予や減刑を目指します。
事例の場合であれば、横流しされた内部資料の重要性や、実際に県に生じた不利益の程度等にもよりますが、一般的には、事案の中で悪質ではない点、県への被害弁償の努力、失職等の社会的制裁を受けたこと、情状証人による監督の約束等の情状面をしっかり主張立証して、執行猶予を求める方針になろうかと思います。
一方、加重収賄罪にあたることを争う場合、例えば自分は内部資料の横流しをしていないとして無罪を主張する場合は、弁護士において証拠を精査し、関係者の証言の穴を突いたり、被告人にとって有利な事実を主張立証し、冤罪を阻止することを目指します。
【刑罰以外の処分等】
公務員の方は、起訴されると、休職をさせられることがあります(地方公務員法28条2項2号、国家公務員法79条2号)。
そして起訴され、有罪判決で禁錮以上の刑となれば、執行猶予が付いたとしても、失職することになります(地方公務員法28条4項・16条1号、国家公務員法76条・38条1号)。
事例の場合、加重収賄罪には懲役という禁固以上の刑しかないので、有罪判決なら失職となります。
また、公務員の方が犯罪にあたる行為をすると、刑事罰とは別に懲戒処分を受けることにもなります。
懲戒処分は、重い順に、免職、停職、減給、戒告と種類があります。
事例のような加重収賄罪にあたる行為をしてしまった場合は、懲戒免職は避けられないでしょう。
もっとも、冤罪の場合は、嫌疑不十分の不起訴や無罪判決を得られれば、懲戒免職を避けられる可能性があります(判断者が異なるので一概には言えませんが。)。
懲戒処分についてはこちらもご覧ください。
【おわりに】
加重収賄罪は、一般的に、国民・住民の公務員への信用を大きく損なう重大事件として扱われており、同罪の疑いをかけられた被疑者・被告人の方は、身体拘束、刑事罰、懲戒処分等のリスクは非常に大きいといえます。
こういったリスクを回避・軽減するためには、弁護士による適切なアドバイスや活動が必要です。
実際に加重収賄行為をしてしまった方も、冤罪の方も、できるだけ早めに弁護士に相談することをおすすめします。
汚職の罪
公務員は全体の奉仕者として、公共の利益のために職務を行うものであり、一般国民が持てないような職権を持ち、逮捕のように国民の権利利益に強制的に介入する公権力の行使などを行います。このような公務員がその職権を濫用すれば、公務の適正が害され、公務に対する国民の信頼も損なわれてしまいます。そのため、公務員が職権を濫用することに対しては、重い刑罰が科されます。
この記事では、公務員の汚職について解説します。
職権濫用罪
職権を濫用して国民の権利利益を侵害した場合、害悪が重く、公務の適正を害するため、職権乱用を処罰する規定が定められています。特に人の身体を強制的に拘束する権限を濫用した場合は、害悪が甚大であるため、より重く処罰されます。
公務員職権濫用
公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、公務員職権濫用罪が成立し、2年以下の懲役又は禁錮に処されます(刑法193条)。
「職権」とは公務員の一般的職務権限に属する行為を指します。「濫用」とは、この職権の行使に仮託して、実質的、具体的に違法・不当な行為をすることをいいます。
公務員職権濫用罪は2年以下の懲役に処すると定められており、3年以下の懲役に処される強要罪(刑法223条)より刑罰が軽くなっています。これは、公務の適正の確保という抽象的な利益を保護法益とするためです。
公務員職権濫用罪に該当する行為でも、暴行や、生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した場合は、強要罪のみが成立するとされています。強要罪の場合は、未遂罪も処罰されます(刑法223条3項)。
特別公務員職権濫用
裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者がその職権を濫用して、人を逮捕し、又は監禁したときは、6月以上10年以下の懲役又は禁錮に処されます(刑法194条)。
本罪の主体は、裁判官、検察官、検察事務官、警察官、のほか、裁判所書記官などが該当します。
これらの公務員は刑事司法に関して職務上逮捕等により人を拘束する権限を有しています。このような職権を濫用することは害悪が甚大であるため、逮捕監禁罪(刑法220条。3月以上7年以下の懲役)よりも刑罰が重くなっています。
特別公務員暴行陵虐
裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、特別公務員暴行陵虐罪が成立し、7年以下の懲役又は禁錮に処されます(刑法195条1項)。法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、同様に処罰されます(刑法195条2項)。
1項の罪の主体も、特別公務員職権濫用罪と同じく、裁判官、検察官、検察事務官、警察官、裁判所書記官などが該当しますが、人を逮捕監禁する権限を有しない者も対象になります。
暴行とは暴行罪などと同じく身体に対する不法な有形力の行使をいいます。
陵辱とは辱める行為や精神的に苦痛を与える行為、加虐とは苦しめる行為や身体に対する直接の有形力の行使以外の肉体的な苦痛を加える行為などをいいます。わいせつ行為など、暴行以外の方法で精神的又は肉体的に苦痛を与える行為が該当します。
2項の「法令により拘禁された者」とは、逮捕や勾留されている者など、法令上の規定に基づいて公権力により拘禁されている者をいいます。このような者を「看取又は護送する者」が本罪の主体となります。
特別公務員職権濫用罪や特別公務員暴行陵虐罪を犯し、よって人を死傷させた場合は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断されます(刑法196条)。
傷害罪は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金(刑法204条)、傷害致死罪は3年以上の有期懲役(刑法205条)に処されます。
特別公務員職権濫用罪は6月以上10年以下と、短期については傷害罪より重いため、特別行員職権濫用致傷罪の場合は6月以上15年以下の刑が科されます。
その他の致傷罪は1月以上15年以下の懲役、致死罪は3年以上20年以下の懲役となります。
賄賂罪
公務員がその職務に関し賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処されます(刑法197条1項)。
賄賂罪の保護法益は、「公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼」とされています(平成7年2月22日最高裁大法廷判決等)。公務員の職務は法令に則り、施策の必要性等を慎重に検討され、公正に行われなければなりません。このような公務員の職務を賄賂で歪められるのは許されないことです。また、公務員の職務が賄賂で左右できるものだと社会一般の人々に思われてしまうこと自体、社会一般の人々の公務員の職務への信頼を損なうものとなり、行政処分への不服従などをもたらしかねず、社会の根幹を揺るがすものとなります。そのため、賄賂罪は厳しく処罰されるのです。
収賄にあたって請託を受けた場合は、職務と賄賂との対価関係がより明白となり、職務の公正に対する社会の信頼を害する程度が高まるため、受託収賄罪が成立し、7年以下の懲役と刑が重くなります。
公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合、事前収賄罪が成立し、5年以下の懲役に処されます(刑法197条2項)。
公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、またはその供与の要求若しくは約束をしたときは、第三者供賄罪が成立し、5年以下の懲役に処されます(刑法197条の2)。
公務員が単純収賄や受託収賄、事前収賄、第三者供賄の罪を犯し、その結果不正な行為をし、または相当の行為をしなかったときは、加重収賄罪が成立し、1年以上の有期懲役に処されます(刑法第197条の3第1項)。公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、もしくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、同様に処されます(刑法第197条の3第2項)。賄賂を受け取ったうえで不正な行為をしたり相当な行為をしなかったのですから、職務の公正を現実に害しており、職務の公正に対する社会の信頼を大きく害しているため、このように重い処罰となっています。
公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、事後収賄罪が成立し、5年以下の懲役に処されます((刑法第197条の3第3項)。
公務員が請託を受け、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、あっせん収賄罪が成立し5年以下の懲役に処されます(刑法第197条の4)。
賄賂の没収
犯人や賄賂であることを認識している第三者が受け取った賄賂は没収します。費消されたり、接待など性質上没収できない場合は、その価額を金銭的に評価して没収します(刑法第197条の5)。これは賄賂を収受した者たちに不正な利益を残さないようにするためです。
おわりに
以上のように、公務員の汚職事件は重い刑罰を科される可能性が高いです。そのため、早期に弁護士に相談して対応を決めるべきです。
公務員の横領事件
横領(刑法252条)や業務上横領(刑法253条)は、公務員以外の職種でも問題となりますが、公務員が行った場合、その隠ぺいのために公文書偽造等(刑法155条)を行うなど他の公務員犯罪につながりかねません。また、このような犯罪は、勤務先に損害を与えるだけでなく、公務員に対する社会的信用全体を損ねる点で、より厳しく処罰されます。
ここでは、公務員の横領について解説します。
横領罪
横領罪の対象(客体)
横領罪の対象(客体)となるのは、「自己の占有する他人の物」です。現金の他、保管中の遺失物なども対象になり得ます。
「占有」とは、事実上の占有だけでなく、法律上の占有も含まれます。預金なども対象になり得ますが、預金通帳やキャッシュカード等を事務的に預かっているだけでは預金を占有しているとはいえません。
金銭は一般的に占有者の所有に属しますので「自己の物」になりますが、一定の目的・使途を定めて委託された金銭の所有権は依然として委託者にありますので、「他人の物」になります。
占有の基礎には、物の所有者等と占有者との間に委託信任関係がなければならないとされています。委託とは無関係に偶然に支配下に入った物はあくまで遺失物等横領(刑法254条)の客体になります。
横領行為
「横領」とは、不法領得の意思を実現する一切の行為をいいます。この「不法領得の意思」とは、「他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思」をいうとされています。窃盗罪ではこの不法領得の意思は「権利者を排除し、他人の所有物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」といわれており、単に毀棄隠匿する意思の場合は窃盗罪の不法領得の意思には当たらないとされています。一方で、横領罪の不法領得の意思の場合は「経済的用法に従」う必要はなく、毀棄隠匿するだけでも成立し得ます。もっとも、保管している自転車に短時間乗車して元に戻すような、単なる一時使用の目的で使用しただけでは、不法領得の意思は認められないでしょう。一方、預かっている預金を自己の都合で使用し、後日穴埋めするような場合は、委託者の許すような性質ではなく、一時使用とはいえず不法領得の意思があるとされています。
「横領」に該当する行為の態様は、着服、毀棄・隠匿のほか、売却や貸与、譲渡担保や抵当権などの担保権の設定、質入れなど多彩な行為が考えられます。
業務上横領
横領罪(単純横領罪)は5年以下の懲役ですが、業務上横領罪は10年以下の懲役と重い刑罰になっています。横領罪の公訴時効は5年(刑事訴訟法250条2項5号)ですが、業務上横領罪の公訴時効は7年(刑事訴訟法250条2項4号)となっており、より古い時期に遡って不正行為が追及されます。このように業務上横領罪が単純横領罪よりも重くなっているのは、物の占有が業務上の委託信任関係に基づいており、これを破ることはより強く非難に値するためです。
「業務」とは、人がその社会生活上の地位に基づき反復継続して行う事務です。公務員がその仕事として行うものであれば「業務上」占有すると判断されるでしょうから、公務員がその業務に関係する物を横領した場合は、多くは業務上横領罪に当たるでしょう。なお、業務上占有できる物を占有していたとしても、業務とは無関係に占有した場合は、業務上占有しているとはいえません。
共犯
横領の計画を策定して分け前を受け取ったり、売却や質入れなどの横領行為にかかわるなど、公務員が公務員でないものと共謀して横領した場合、公務員でない者も公務員と共に処罰されます。横領・業務上横領の占有者のような「一定の犯罪に行為に関する犯人の人的関係である特殊の地位又は状態」は「身分」といわれており、この有無によって犯罪の成否や刑罰の重さが決まる犯罪もあります。共犯の場合、刑法65条によって刑罰が決まります。
業務上横領罪については、公務員でない者は「占有する」という身分を持っていませんが、同時に「業務上」占有するという身分も持っていません。まず、横領罪は「占有する」かどうかで犯罪の成否が変わりますので、刑法65条1項の「犯人の身分によって構成すべき犯罪行為」にあたり、「占有」していない者にも横領罪が成立します。次に、「業務上」占有しているかどうかで業務上横領罪と横領罪という刑の軽重がありますので、刑法65条2項の「身分によって特に刑の軽重」にあたり、「業務上」占有していない者には、単純横領罪の刑が科されます。(なお、この場合に業務上横領罪と単純横領罪のいずれの犯罪が成立するかについては、裁判例も定まっていません。)
したがって、公務員の横領に公務員でない者が加担した場合、公務員には業務上横領罪が成立しその刑が科されますが、公務員でない者については単純横領罪の刑が科されることになります。
他の犯罪への派生
公務員に限られませんが、自分の勤務するところで横領をした場合、それが発覚しないように関係書類を改ざんしたり、関係者に金銭を渡して口止めをするといったさらなる不正行為が行われることが多々あります。公務員以外の者がする場合、私文書偽造や詐欺や電子計算機使用詐欺、不正アクセス防止法違反などが考えられます。これらの罪も軽くはありませんが、公務員がすると、他の犯罪に該当する場合があります。
文書偽造
個人や私企業について、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書等を偽造した場合は、私文書偽造罪が成立します(刑法159条)。一方で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書等を偽造した場合は、公文書偽造罪が成立します(刑法155条)。私文書偽造罪の法定刑は3月以上5年以下の懲役(刑法159条1項)ですが、公文書偽造の法定刑は1年以上10年以下の懲役(刑法155条1項)と重くなっています。公文書はその信用性が一般の文書よりも重いため、文書に対する社会的信用を損ねる程度もより大きくなるため、処罰はより重くなっています。
これら私文書偽造や公文書偽造は、有形偽造といわれ、文書の作成者の名義を偽る犯罪です。例えば、上司の決裁がなければ作成できない文書を勝手に作成する場合が当たります。
一方で、公務員が、自分自身で作成できる文書であっても、内容が虚偽の文書を作成する等した場合は、虚偽公文書作成罪(刑法156条)が成立します。これは文書の内容を偽る犯罪で、無形偽造といわれています。公文書は特に信用性が高いため、名義を偽っていなくても処罰します。
以上をまとめると、公務員が自らの横領を隠ぺいするために上司の決裁が必要な文書を勝手に作成した場合は公文書偽造罪、自らが作成できる文書の内容を偽った場合は虚偽公文書作成罪が成立します。
これらの公文書偽造罪や虚偽公文書作成罪により作成された文書を、上司や関係部署に提出した場合、偽造公文書を行使したとして偽造公文書行使罪(刑法158条)が成立します。法定刑は公文書偽造等と同じ1年以上10年以下の懲役です。
贈収賄
公務員は法令に忠実に従うことを職責としており、法令違反があれば是正する必要があります。公務員が同僚に対して金銭等を提供してみずからの横領行為を隠ぺいや黙認するよう働きかけた場合は、その金銭等を提供した公務員には贈賄罪(刑法198条)、受け取った公務員には収賄罪(刑法197条1項)が成立します。贈賄罪は3年以下の懲役又は250万円以下の罰金です。単に賄賂を受け取った単純収賄罪は5年以下の懲役、請託を受けた受託収賄罪は7年以下の懲役となります。具体的な横領行為について隠ぺい等するよう依頼するのであれば、受託収賄罪にあたるでしょう。これを受けて賄賂を受け取った公務員が、不正をただすべきにもかかわらず上司等に報告しなかったりして横領行為を放置すれば、「相当の行為をしなかった」として加重収賄罪(刑法197条の3第1項)が成立するでしょう。法定刑は1年以上20年以下の有期懲役と非常に重くなっています。
横領との関係
これらの犯罪が横領罪又は業務上横領罪の手段として行われた場合、牽連犯(刑法54条1項)として最も重い刑により処断されます。たとえば、業務上保管している動産を勝手に持ち出す際に、法令に基づく処分かのように作成した書類を上司に提出すれば、業務上横領罪と偽造公文書等行使罪が成立しますが、業務上横領罪は下限が1か月、上限が10年の懲役であり、偽造公文書等行使罪は下限が1年、上限が10年の懲役ですので、1年以上10年以下の刑が科されます。
一方で、横領行為そのものではなく、これを隠ぺいするためなど横領罪と並列して行われた場合、併合罪として処罰されます。この場合、最も重い刑の上限の1.5倍を上限として刑が科されます。ただし、それぞれの刑の長期の合計を越えることはできません(刑法47条)。業務上横領罪と偽造公文書等行使罪が成立している場合、1年以上15年以下の懲役となるでしょう。
まとめ
このように、公務員の横領は厳しく処罰されるうえ、関係する他の犯罪も厳しく処罰されるでしょう。
公務員と職務と賄賂
東京オリンピックにおける汚職で、贈収賄が大変な問題になりました。オリンピック委員会の委員という立場で賄賂を受け取ったという疑いで、みなし公務員規定や、職務との関係が問題とされています。ここでは、賄賂罪における公務員や職務、賄賂について説明します。
「公務員」
刑法第197条第1項は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。」と定めています。
この「公務員」については、刑法第7条第1項に定められています。同条項では「この法律において『公務員』とは、国または地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいう。」と定められています。
「法令」には、法律や条例だけでなく、行政内部の通達や訓令も含まれます。
「公務に従事する」とは、職務権限の定めがある必要はなく、その公務に従事する資格が上記の「法令」に根拠を有し、これにより公務を行うことをいいます。
「公務」は必ずしも公権力の行使など強制力を行使するものに限られません。
「議員、委員、その他の職員」が刑法上の公務員に当たり、単に機械的、肉体的な業務に従事する者は含まれません。「議員」は国会議員や地方議会の議員、「委員」とは、国又は地方公共団体において任命、委嘱、選挙等により一定の事務を委任・嘱託される非常勤の者をいいます。「その他の職員」とは、議員、委員のほか、国又は地方公共団体の期間として公務に従事するすべての者をいいます。
刑法第7条にこのように定義されているほか、特別法では、その職務の性質を鑑みて、刑法やその他の罰則については公務員とみなす規定が設けられています。これを「みなし公務員規定」といいます。
オリンピックの組織委員会の役員や職員についても、次のように「みなし公務員規定」が定められています。
令和三年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会特別措置法
(組織委員会の役員及び職員の地位)
第二十八条 組織委員会の役員及び職員は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。
この規定により、組織員会の理事も「法令により公務に従事する職員」すなわち公務員として扱われます。
刑法第7条やみなし公務員規定により「公務員」に当たる者が賄賂罪に該当する行為を行えば、この罪に問われます。
「職務」
賄賂罪について基本となる単純収賄罪及び受託収賄罪は、次のとおり定められています。
(収賄、受託収賄及び事前収賄)
第百九十七条 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する。
2 公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合において、五年以下の懲役に処する。
「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の執務を指します。賄賂と対価関係にあれば、具体的に担当する職務でなくとも、また、当該具体的な事情の下において適法に行うことができたかどうかにかかわらず、法令に定められた一般的職務権限内にあれば成立します。また、法令に明記された職務権限を行使するだけでなく、解釈上当然含まれ、または付随すると認められる行為も、職務に含まれます。
その他にも、「職務と密接な関係にある行為」も賄賂罪の「職務」に含まれます。
職務にあたるか―ロッキード事件
ロッキード事件では、当時の運輸大臣が民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨することが運輸大臣の職務権限に含まれるか、そして、内閣総理大臣が運輸大臣に対しこのような勧奨をするよう働きかけることが内閣総理大臣の職務権限に含まれるかが問題となりました。ロッキード事件に関する平成7年2月22日最高裁判所大法廷判決は次のように述べ、それぞれ職務権限内にあると判断しました。
まず、判決では、
「運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することができるとする明文の根拠規定は存在しない。」
と述べる一方で、
「一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。」
としています。
続いて、運輸省設置法などの法令の規定から、運輸省の任務の一つとして「航空」に関する国の行政事務を一体的に遂行することを挙げており、
○運輸大臣が航空運送事業に関する免許権限や航空運送事業者の事業計画変更の認可権限等を有すること
○民間航空会社が新機種の航空機を選定購入して路線に就航させようとするときは事業計画の変更が必要となり運輸大臣の認可を受けなければならないこと
○運輸大臣は事業計画変更申請に際し認可基準に適合するかどうかを審査して新機種の路線への就航の可否を決定しなければならないこと
などを指摘しています。
そして、「このような運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可権限を付与した航空法の趣旨にかんがみ、特定機種を就航させることが前記認定基準に照らし適当であると認められるなど、必要な行政目的があるときには、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することも許されるものと解される。したがって、特定機種の選定購入の勧奨は、一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものというべきである。」と述べ、運輸大臣が民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨する行政指導は、運輸大臣の職務権限に属するものということができるとしました。
そして、内閣総理大臣については、
憲法上、
○行政権を行使する内閣の首長である(六六条)
○国務大臣の任免権(六八条)
○内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(七二条)を有する
など、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にあるものであること
内閣法は、閣議は内閣総理大臣が主宰するものと定め、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしていること
を指摘しています。
その上で、「内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。」とし、内閣総理大臣の運輸大臣に対する選定購入の勧奨は、内閣総理大臣の指示として、その職務権限に属することは否定できないとしました。
そして、運輸大臣が民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨する行為は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨行為をするよう働き掛ける行為は、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示という職務権限に属する行為であり、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決を是認しました。
東京オリンピックの組織委員会理事の賄賂事件においても、「職務」に当たるかどうかの判断は、法令等を検討してどのような権限があったかを精査して判断されるでしょう。
「賄賂」
「賄賂」は職務行為と対価関係にある利益をいいます。有形無形を問わず、人の需要、欲望を満たす一切の利益を含みます。したがって、現金に限られず、酒食の饗応や情交、公私の職務などにおける有利な地位の提供、投機的事業の参加の機会の提供、など様々な利益が賄賂になり得ます。個々の職務行為との間に対価関係のあることは必要ではありません。公務員の職務と対価関係にあることが必要ですので、職務と無関係のものは含まれません。そのため、公務員に金銭を送れば当然に賄賂となるわけではありません。また、社交儀礼の範囲内であれば賄賂には当たりません。
賄賂に当たるかどうかは、利益といえるものを受け取ったのかだけでなく、問題となる職務と無関係に受け取ることになった可能性がないかどうかが検討されるでしょう。そこでは、当該利益を受け取ることになったと被疑者が主張する理由や経緯が不自然ではないか、職務行為の対価関係を隠すものではなかったかなどが検討されます。
まとめ
このように、賄賂罪が成立するかどうかは、「公務員」、「職務」や「賄賂」について詳細に検討する必要があります。
賄賂罪
東京オリンピックにおける贈収賄など、公務員の収賄事件は大変な問題とみられています。
ここでは、賄賂罪について説明します。
賄賂はなぜ許されないのか
賄賂罪の保護法益(刑罰を科すことで守ろうとする利益)は、「公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼」とされています(平成7年2月22日最高裁大法廷判決等)。公務員の職務は法令に則り、施策の必要性等を慎重に検討され、公正に行われなければなりません。このような公務員の職務を賄賂で歪められるのは許されないことです。また、公務員の職務が賄賂で左右できるものだと社会一般の人々に思われてしまうこと自体、社会一般の人々の公務員の職務への信頼を損なうものとなり、行政処分への不服従などをもたらしかねず、社会の根幹を揺るがすものとなります。そのため、賄賂罪は厳しく処罰されるのです。
「職務」にあたるか
上記の通り、賄賂罪の保護法益は「公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼」です。賄賂を受け取る際に特定の職務について依頼を受けたことや実際に公務員の職務が賄賂に影響されたかどうかは犯罪の成立を左右しません。「賄賂を受け取っても不正をしたわけではないから問題ない」というようなことはありません。これらの事情は、賄賂を受けるにあたって請託を受けた場合(受託収賄罪)や賄賂を受けとって実際に不正行為を行った場合(加重収賄罪)の成否に当たって考慮されます。これらの行為は、「公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼」を害する程度がより大きいため、単純収賄よりも重く処罰されます。
もっとも、賄賂罪の保護法益が「公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼」である以上、公務員の職務と無関係に公務員に利益を供与しただけでは賄賂罪は成立しません。
賄賂は公務員の「職務」「に関し」収受される必要があります。
賄賂罪の「職務」とは、公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の職務を指します。当該公務員に独立の決裁権は必要ではなく、補助的な職務でも成立します。実際に行った行為が違法だからといって「職務」でなくなるわけでもありません。また、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば、具体的事情の下その行為を適法に行うことができたかどうかは問われません。また、具体的に担当する職務でなくとも、法令に定められた一般的職務権限内にあれば職務に当たります。現在その職務を担当していないからといって無関係とはいえません。また、法令に明記された職務だけでなく、これに当然に含まれあるいは付随する行為も「職務」に含まれます。
また、公務員の職務そのものではなくとも、職務に密接に関連する行為も賄賂罪の「職務」に含まれます。
「賄賂」にあたるか
賄賂罪の「賄賂」は職務行為と対価関係にある利益のことをいいます。金銭に限られず、人の欲望や需要を満たす一切の利益をいいます。職務行為との対価である必要がありますので、単なる社交儀礼上の贈答は「賄賂」にあたりません。
なお、賄賂を実際に受け取る「収受」だけでなく、賄賂の供与を求める「要求」をしたり、賄賂の申し込みを承諾する「約束」をした場合でも、収賄罪は成立します。
刑罰
単純収賄罪の刑罰は5年以下の懲役です。罰金刑がなく、重いものとなっています。
受託収賄
収賄にあたって請託を受けた場合は、7年以下の懲役と刑が重くなります。
「請託」とは、公務員がその職務に関する事項について依頼を受けてこれを承諾することを言います。
請託があった場合に刑罰が重くなるのは、一定の職務について依頼を受け承諾することで、職務と賄賂との対価関係がより明白となり、職務の公正に対する社会の信頼を害する程度が高まるからです。
事前収賄
公務員になろうとする者が、その担当すべき職務に関し、請託を受けて、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、公務員となった場合、5年以下の懲役に処されます(刑法197条2項)。
公務員になる前に賄賂を収受等していて、公務員となってしまうと、やはり職務の公正及び職務の公正に対する社会の信頼を害しますので、現職の公務員が収賄した場合と同様に処罰されます。もっとも、ただ賄賂といえるものを収受等しただけでは、職務とのかかわりが薄いため、一定の職務について依頼を受け承諾する「請託を受け」た場合のみ処罰することとしています。
第三者供賄
公務員が、その職務に関し、請託を受けて、第三者に賄賂を供与させ、またはその供与の要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処されます(刑法197条の2)。
公務員自らが賄賂を受けるのに代えて第三者に賄賂を受けさせるような場合も、職務の公正及び職務の公正に対する社会の信頼を害するため、処罰されます。もっとも、公務員本人が賄賂を受けていないため、職務と賄賂の関連性が希薄になるため、請託を受けることが要件となっています。
無論、第三者が仲介役となっているだけで公務員本人が賄賂を受け取っているといえる場合は単純収賄や受託収賄が成立します。また、公務員が保証人となっている主債務者の金銭債務の立替弁済をした場合など、公務員自身に利益をもたらしているといえる場合は第三者供賄ではなく単純収賄や受託収賄が成立します。
加重収賄
公務員が単純収賄や受託収賄、事前収賄、第三者供賄の罪を犯し、その結果不正な行為をし、または相当の行為をしなかったときは、1年以上の有期懲役に処されます(刑法第197条の3第1項)。公務員が、その職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、もしくはその要求若しくは約束をし、又は第三者にこれを供与させ、若しくはその供与の要求若しくは約束をしたときも、同様に処されます(刑法第197条の3第2項)。有期懲役は20年以下ですので(刑法第12条第1項)、1年以上20年以下と非常に重い刑罰となっています。賄賂を受け取ったうえで不正な行為をしたり相当な行為をしなかったのですから、職務の公正を現実に害しており、職務の公正に対する社会の信頼を大きく害しているため、このように重い処罰となっています。
この「不正な行為をし、または相当の行為をしなかった」とは、積極的若しくは消極的行為によりその職務に反する一切の行為を指します。不正な行為によって国等に損害を与える必要はありません。公務員の自由裁量の範囲内であっても不当な処分をした場合も該当するとされています。
事後収賄
公務員であった者が、その在職中に請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったことに関し、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処されます((刑法第197条の3第3項))。在職中に請託を受けて不正を行い、退職してからその見返りとして賄賂を収受等すれば、やはり職務の公正や職務の公正に対する社会の信頼を害するため、処罰の対象となります。退職してから賄賂を収受等するため、在職中の職務と賄賂との対価関係が希薄であることから、在職中の請託や不正行為も要件となっています。なお、在職中に請託を受けて職務上不正な行為をするだけでなく、賄賂の要求や約束をし、退職後に受け取っていた場合、加重収賄罪も成立し、より重い加重収賄罪で処罰されます。
あっせん収賄
公務員が請託を受け、他の公務員に職務上不正な行為をさせるように、又は相当の行為をさせないようにあっせんをすること又はしたことの報酬として、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処されます(刑法第197条の4)。
「あっせん」とは贈賄者と他の公務員との間に立って仲介の労をとることをいいます。このような、公務員が他の公務員の職に関しあっせんをして謝礼を受け取る「口利き」を処罰するために定められています。自身の職務に関することではないので、請託を受けて、職務上不正な行為をさせ又は相当な行為をさせないようあっせんする必要があります。
賄賂の没収
犯人や賄賂であることを認識している第三者が受け取った賄賂は没収します。費消されたり、接待など性質上没収できない場合は、その価額を金銭的に評価して没収します(刑法第197条の5)。
これは賄賂を収受した者たちに不正な利益を残さないようにするためです。
まとめ
収賄については厳しい処罰が予定され、また利益も没収されます。これは職務の公正とそれに対する社会の信頼を守るために定められています。