性犯罪は被害者の性的自由や尊厳を著しく害するものとして強い非難に値します。国民の利益のために働く公務員が行った場合、より一層非難されます。しかしながら、一部の公務員についてはその権限や職務の性質上、性犯罪が行いやすくまた隠蔽されやすいところがあります。
性犯罪関係の懲戒処分
公務員がその職務に関してセクシュアル・ハラスメントをしたり、公務外で性犯罪をすると、非違行為をしたとして、重い懲戒処分を受けることになります。
国家公務員の服務の基本的な事項が載せられています。「義務違反防止ハンドブック」には、懲戒処分の指針についての記載も載せられています。
この指針によると、「1 一般服務関係」において、「(14)セクシュアル・ハラスメント」の「ア 強制わいせつ、上司等の影響力利用による性的関係・わいせつな行為」は免職または停職という重い懲戒処分が定められています。また、「ウ 意に反することを認識の上でのわいせつな言辞等の性的な言動」は減給又は戒告になりますが、「イ 意に反することを認識の上でのわいせつな言辞等の性的な言動の繰り返し」は停職又は減給という比較的重い処分ですし、その中でも「執拗な繰り返しにより強度の心的ストレスの重積による精神疾患に罹患させたもの」は免職または停職という重い懲戒処分となります。
「3 公務外非行関係」においても、「(12)淫行」は免職または停職、「(13)痴漢行為」「(14)盗撮行為」は停職又は減給という比較的重い処分となっています。
公務員に関する性犯罪
特別行員暴行陵虐・同致死傷
公務員の中でも人の身体を拘束する権限を持つ者がその権限を利用して性暴力などを行えば、その公務の信用性を著しく害するため、このような行為を規制するため特別な規定が定められています。
特別公務員暴行陵虐
裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、特別公務員暴行陵虐罪が成立し、7年以下の懲役又は禁錮に処されます(刑法195条1項)。法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、同様に処罰されます(刑法195条2項)。
1項の罪の主体も、特別公務員職権濫用罪と同じく、裁判官、検察官、検察事務官、警察官、裁判所書記官などが該当しますが、人を逮捕監禁する権限を有しない者も対象になります。2項の「法令により拘禁された者」とは、逮捕や勾留されている者など、法令上の規定に基づいて公権力により拘禁されている者をいいます。このような者を「看取又は護送する者」が本罪の主体となります。
「暴行」とは暴行罪などと同じく身体に対する不法な有形力の行使をいいます。「陵辱」や「加虐」は他の犯罪ではあまり見かけない表現ですが、「陵辱」とは辱める行為や精神的に苦痛を与える行為、「加虐」とは苦しめる行為や身体に対する直接の有形力の行使以外の肉体的な苦痛を加える行為などをいいます。つまり、暴行以外の方法で精神的又は肉体的に苦痛を与える行為です。その典型的なものがわいせつ行為です。
特別公務員職権濫用等致死傷
特別公務員職権濫用罪や特別公務員暴行陵虐罪を犯し、よって人を死傷させた場合は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断されます(刑法196条)。
傷害罪は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金(刑法204条)、傷害致死罪は3年以上の有期懲役(刑法205条)に処されます。
特別公務員暴行陵虐罪より傷害罪のほうが長期・短期とも重いので、致傷罪は1月以上15年以下の懲役、致死罪は3年以上20年以下の懲役となります。
不同意わいせつ・不同意性交等
令和5年7月13日より改正刑法が施行され、強制わいせつ罪は不同意わいせつ罪(刑法176条)に、強制性交等罪は不同意性交等罪(刑法177条)に改められました。この改正により、暴行・脅迫による場合だけでなく、不同意を示せないような状況を強いられてわいせつ行為や性交等をされた被害者も保護できるようになりました。
不同意わいせつ、不同意性交等は、次に掲げる行為や事由により、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、」わいせつな行為や性交等をした場合に成立します。
①暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
②心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
③アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
④睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
⑤同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
⑥予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
⑦虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
⑧経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
公務員に限らず職場内の人間間での事件の場合、特に⑧の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。」がよく見られます。例えば、自分の要求に従わなければ昇進等で不利益が及ぶことを示唆して性交等に及ぶ場合です。
さらに公務員の場合、市民に法的サービスを提供したり許認可権限を持つ立場ですので、職場内だけでなく、対外的にも、⑧の事由が問題となります。許認可権限を持つ場合はもちろん、実際には根拠法令がなかったり自身に権限がないにもかかわらず、自分の言う通りにしないと不利益処分を科すと示唆して、性交等に至れば不同意性交等罪に当たるでしょう。
不同意性交等罪は5年以上の懲役、不同意わいせつ罪は6月以上10年以下の懲役となります。
公務員の性犯罪に対する手続き
上記のように、セクシュアルハラスメントや性犯罪に対しては重い懲戒処分が下されます。
公務員の場合、起訴されると、強制的に休職させられることがあります(地方公務員法第28条第2項第2号、国家公務員法第79条第2号)。休職中は仕事ができませんし、給与は支給されません(国家公務員法第80条第4項参照)。
裁判の結果、有罪の判決を言い渡され、禁錮以上の刑に処されると、失職してしまいます(地方公務員法第28条第4項・第16条第1号、国家公務員法第条第76条・第38条第1号)が、国家公務員法では、刑事裁判が継続中の事件であっても懲戒手続を進めることができる旨定められています(国家公務員法第85条)。そのため、起訴されたり判決が出る前に懲戒手続がすすめられ、懲戒処分が下されることがあります。
性犯罪の報道・公表
近年は自衛官や警察官、国公立学校の教師などの公務員の性犯罪をニュースで目にするようになっています。特に国民・市民を守るべき立場にある公務員の性犯罪は強く非難され、報道する必要性も高くなっています。
実名、住所、所属する組織、役職など、どこまで公表するかは報道機関が判断します。性犯罪の場合、加害者に関する情報により被害者が特定される可能性があるため、都道府県市町村名や所属する組織までにとどめて実名は報道しないことが見受けられます。
性犯罪に限りませんが、懲戒処分がなされた場合、所属官庁が公表することがあります。公表の指針も示されています。
「1 公表対象
次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
(1)職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分
(2)職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分
2 公表内容
事案の概要、処分量定及び処分年月日並びに所属、役職段階等の被処分者の属性に関する情報を、個人が識別されない内容のものとすることを基本として公表するものとする。
3 公表の例外
被害者又はその関係者のプライバシー等の権利利益を侵害するおそれがある場合等1及び2によることが適当でないと認められる場合は、1及び2にかかわらず、公表内容の一部又は全部を公表しないことも差し支えないものとする。
4 公表時期
懲戒処分を行った後、速やかに公表するものとする。ただし、軽微な事案については、一定期間ごとに一括して公表することも差し支えないものとする。
5 公表方法 記者クラブ等への資料の提供その他適宜の方法によるものとする。」
まとめ
このように、公務員の性犯罪は重い処分が下されるため、注意が必要です。